2017年02月08日
三女 ではなく 三助
こんばんは、
皆様、
nomaですよ。
先週の 「 ケネディと上杉鷹山と私 」の続きでございます。
前回申し上げていた、
自助、互助、扶助、とは具体的にどういった意味合いなのか?
三助、についてのお話しからしていきたいと思っておりますよ、

「 三助 」
自助、 「 自らを助ける 」
互助、 「 近隣同士お互いに助け合う 」
扶助、 「 大きい母体となるものが手を差し伸べる 」
大まかにいうとこんな感じでしょうか、
上杉鷹山の 三助 の根本には、
国 (上に立つ者 )とは、人民を私有するものではなく、
「 民の父母 」であるという理念があり、
父母が子供を養うが如く、人民のために尽くす事と考えており、
しかし、それは・・・
決して、
人民をただ甘やかす事ではなく・・・
そこで、
「 三助 」
上杉鷹山がこの 「 三助 」を用いて、どのように国を立て直したかというと、
「 自助 」
自らを助ける、( 自立する )
先ずはこれから取り組みました。
自助の実現の為に、
先ずは、武士達に
「 武士も、農民の年貢に徒食しているのではなく、自助の精神で田畑で生産に加わるべき。」
と通達。
勿論武士からは、強い反発の声等が出ましたが、
鷹山自らが藩内に田畑を作り、植樹等を行い律する事で、
年月をかけ少しづつ賛同者、共鳴者がうまれ、
なかには、自ら荒地を開墾し新田をつくる下級武士等も出てきた。
これが、農民以外の新たな生産者の一つ。
その他にも、
鷹山は、稲作以外にも 寒冷地に適した殖産興業等を積極的に推し進め、
漆、楮、紅花、桑 等の栽培、
米沢の地形を活かし、小さな、池、川、沼等で
鯉の養殖、
多くの2次産業が生まれ、
貧しい農村等で、働けない厄介者としてかたみの狭い思いをしてきた、
力のない、お年寄り、障害者、女子や子供達も、
新たな生産者として、
自ら働く事の喜びと、やりがい、豊かさを手に入れた。
藩の人口が減っていても、
鷹山の新しい取り組みによって生産者が増え、当たり前ですが生産も増え、
新たな産業が始まる事によって、一極集中型の産業によるリスク回避も自然に行う事ができ、
藩は少しづつ財政が回復し、
活気が・・・・
そして、
以前のような逼迫した生活から少しづつではありますが、
解放されていくと・・・
今度は・・・・
「 互助 」・・・・
あっ、
時間が・・・・
なくなってまいりましたので、
この続きは、
又、
次回にでも、
では、
又。
Posted by noma-staff at 23:55│Comments(0)
│noma